ジュゼッペ・ヴェルディ

ジュゼッペ・フォルトゥニーノ・フランチェスコ・ヴェルディ(Giuseppe Fortunino Francesco Verdi, 1813年10月10日 - 1901年1月27日)はイタリアオペラの作曲家。

1842年に彼の最初の成功作となった『ナブッコ』(ナブコドノゾール)がミラノ・スカラ座で初演された。
1843年2月11日ミラノにおける『ロンバルディア人』の成功の後、後述の政治的事情の影響が次第に増したこともあって『エルナーニ』はヴェネツィアのフェニーチェ劇場で大成功をおさめた。
翌年、『ジャンヌ・ダルク』は彼の名声を高めることになったが、ヴェルディはスカラ座の彼の作品の上演に満足せず、リコルディに対し彼のオペラをミラノで以後上演しないように要請した。このため『アッティラ』、『アルツィラ』そして『マクベス』はイタリアの他の都市で初演された。また『群盗』はロンドンで上演された。
1851年にヴェネツィアで『リゴレット』が成功し、1853年にはローマで『イル・トロヴァトーレ』が更なる大成功をおさめたが、『トラヴィアータ』(『椿姫』)の初演では惨めな失敗を喫した。
『アイーダ』がスカラ座で初演され大成功を収めたのは1872年である。
『オテロ』(1887年に初演)の作曲を勧めたのは、ジュリオ・リコルディと作曲家アッリーゴ・ボーイトであった。続いて他の旧作の改訂の後に『ファルスタッフ』が作曲された。
1901年にミラノで脳卒中のため亡くなった。